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昭和48年4月22日に我が団の結団式がおこなわれました。
早いもので、今年の4月で、丸33年になりました。
当時のサッカー界の状況は、マイナースポーツもいいところで、スポーツといえば、野球一色でした。
そんな中、サッカー好きの青年達が、「 こんなおもしろい、スポーツはない、何とか、多くの子供達に伝えられないものだろうか?」そして、いつの日にか「 長岡をサッカーの街に!」との夢をもって立ち上げたのが、長岡京サッカースポーツ少年団でした。
この33年間に、幾多のことがありました。
20周年を迎えた頃は、団員300名を超えて、責任者だった私ですら、すべての団員の顔と名前が一致しないという嬉しい悲鳴。
そして、運営責任者の明石卓三氏と指導員の若林訓氏の急死という悲しい出来事。
平成10年度と16年度には京都府代表として、全国大会に出場という、喜び等々。
そして、ここ数年、保護者中心で運営をしていただき、指導員が中心になれなかったことなど、反省材料も多々あるところであります。
しかし、この新年度からは、久しく指導員会を年度末から2ヵ月の中で10回以上開催し、もう一度、指導員中心の団の運営でいくことを指導員全員で再確認し、新たなスタートを切りました。
私たち指導員は、サッカーが大好きです。
それは、サッカーというスポーツが面白いからです。
このことを、しっかりと子供達に伝える。
この創設期の理念をもう一度再確認し、「 長岡京市をサッカーの街にする!」という夢をもって、指導に望みたいと、指導員全員で誓いました。
そのためには、少年団の指導員で32年前に創設した長岡京サッカークラブをはじめ、約900人近くなる卒団OB生等、多くの仲間の皆様方の支援を受けて、指導と運営の充実を図っていきたいと考えています。
皆様方のご理解、ご協力の程をこころからお願い申し上げます。
平成18年4月 長岡京サッカースポーツ少年団 団長 大 伴 雅 章
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